20240626

2024/6/26 - 2024/7/8 ピッツベルニナ メンバー/中嶋 小林 鬼川

山域
ピッツベルニナ(ビアンコグラート)
日程
2024年6月26日 - 2024年7月8日
メンバー
小林、中嶋、鬼川
詳細
【始まり】
事の始まりは、NHKの「グレートサミッツ」好きの中嶋さんが、「(アイガーの)次はビアンコグラートに登ろう」と持ち掛けてきたことだった(アイガーの記録はこちら)。当時の会員2人が乗ってきて、2020年夏に登る予定で同年3月に決起集会を行ったが、直後にコロナが世界的に流行し、お蔵入りになった。海外渡航が全面的に解禁された2023年は私がリフレッシュ休暇を使ってマナスルに行くことにしたので(記録はこちら)、1年待ってもらい、4年越しの計画が再始動。以前の2人は会を辞めて不参加になり、新たに2年前に入会した鬼ちゃんが加わった!

【事前トレーニングと打ち合わせ】
2/19 グレートサミッツ上映会、航空券購入・アパート予約@小林邸
4/7,12 アイトレ、レスキュー(合宿トレと兼ねる)
5/3〜5 春合宿
5/11,12 登山靴での登攀練習@蓬莱峡
5/18 アイトレ@百丈岩
6/8,9 高所トレーニング@富士山
6/12 登攀のシミュレーション@蓬莱峡(同時登攀、コンテ、ロワーダウン、同時懸垂)
6/15 最後のルート確認(グレートサミッツ・YouTube視聴、地図確認)@小林邸

【行動詳細】
6/26(水)~6/27(木):大阪からポントレジーナへ
17:40関空発のエティハド航空で発つ。昼に難波のペットホテル(を兼ねる小動物カフェ)に「めめ」(私の愛するハムスター)を預けに行って、バタバタと家を出発。出国審査を終えると、突然、免税店が広がり、免税店ならではの香水の匂いがプンプンしている。インバウンドの外国人観光客ばかりだが、海外に行くというテンションが上がりまくる。ひとまず、ビールで乾杯。外国人観光客に負けてはならぬと思ったのか、「買い物しまくったる」と意気込んで出掛けていった中嶋さん、嬉しそうに手招きしている。なんと、奈良のガイドの竹中さんが居る。声を掛けて、一緒にビールを飲む。竹中さんは岳連の海外登山の集まりがきっかけで知り合いになり、Facebookでは繋がっていたが、実際に会うのは久しぶり。昨年、NHKの番組にもなったヒマラヤ未踏峰遠征の裏話を中心に盛り上がる。今回はカナダで東京の日本山岳会のメンバーと合流して、クライミングを楽しむらしい。そんなんで、ギリギリに搭乗。

「出国祝い♪」

約11時間のフライトで夜のアブダビに到着。アラブの近未来的でバブリーな雰囲気に、またまたテンション上がる。白い装束(無知の為、何という名前か知らない)を来ている男性も居て、写真撮りたいが、結局叶わず…(日本で着物姿の人の写真を撮る観光客の気持ちが良く分かった)。「AED」という通貨の為替も分からず、ジュースだけ飲んで時間をつぶし、2:45発の飛行機で7:25にチューリッヒ空港に到着!
駅に移動し、ポントレジーナまでの鉄道のチケットを自動券売機で購入。道中飲むためのビールを購入しようとKIOSKに行くと、ビール500mlがなんと900円くらいする!円安と物価高の影響がここまで来ているとは…と大分凹むが、近くにあったCoop(スイスによくあるスーパー)に行ってみると、300~400円くらいで少し安心。

「切符は券売機で購入」

そこから3回の乗り換えでポントレジーナに向かう。後半はスイスが誇る観光列車のひとつであるベルニナ特急と同じ線路を走る。「世界の車窓」そのままの風景に、初スイスの鬼ちゃんは右に左に座席を移動し、シャッターが止まらない。私も約10年前、初めて来たときは、感動してこの時点でウルウルしていたことを懐かしく思い出す。いつもは8月のお盆シーズンだったので、この時期に来るのは初めてだが、8月よりお花がずっと多い。

「Coopで購入したビールとアテで入国祝い@スイス鉄道(SBB)車内」
「車窓①」
「車窓②」
「車窓③」

チューリッヒ空港駅から4時間弱、昼過ぎにポントレジーナに到着。スイスの山岳拠点の町で、栄えている順にいうと、ツエルマット>グリンデルワルト>ポントレジーナの順。ポントレジーナはだいぶこぢんまりとした可愛い町。借りているアパートのチェックインは14時なので、まずは観光協会で情報収集。出てきたおじさんに天気を聞くが、ずっと晴/シャワー(雨)というはっきりしない予報で、ネットで見ていた情報量とあまり変わらない…。また、初日はホテル・ロゼックグレッチャーまで馬車で行けるはずだが、今の時期はプライベートの貸し切りしか無く、とても高いとのこと。確かに駅前の馬車乗り場には誰も居なかった。馬車なら1時間、歩きなら2時間掛かるが、仕方ないので、そこは歩いて行くことにする。とりあえず、明日はレストしたいので、明日にスケジュールを決定することにする。

「ポントレジーナ駅」
「駅から観光協会に移動」

その後、アパートまで移動するが、大荷物に加えて坂道が大変辛く、4階部分までの階段でとどめを刺された…。アパートは屋根裏部分で小さい部屋だけど、調理器具も充実していて、快適そう♪。

「アパート外観」

「アパート(キッチン&ダイニング)」

「アパート(ベッドルーム)」

早速近くのCoopに行って、買い出し。見慣れたものから見慣れないものまで、食材の豊富さに鬼ちゃんは興奮気味。スイス3度目の私はどや顔で、野菜の買い方(測りを使う)を教えたった。

「Coopでお買い物」

「野菜売り場」

アパートにはラクレット器とチーズフォンデュ鍋も付いていた(おそらく大阪のたこ焼き器感覚で、これまで泊まったどのアパートにも付いていた)。ということで、初日のメニューは手軽で美味しいラクレットに決まり~。最初間違えて、ラクレット器を逆さにして使っていたが、それも9年ぶりのスイスなので、仕方ない…。

「ラクレット!ハイジが暖炉で炙って食べてたアレです!」

6/28(金):準備
再び、観光協会に行く。天気予報は相変わらずパッとしないが、後半が良い保証も無いので、予定通り、明日6/29からの3日間でアタックすることにする。初日のチェルバ小屋はネット予約できるので、2日目のマルコ・エ・ローザ小屋の予約を入れてもらう。加えて、ピッツベルニナを見たいと言ったら、2駅先のモルテラッチ駅まで行く片道2-3時間のハイキングコースを紹介してくれる。ガス缶買えるところを聞いてみると、逆方向の隣駅を紹介されるが、モルテラッチまで行く途中のキャンプ場でもあるかもとのことなので、とりあえず、チェルバ小屋の予約を入れ、ハイキングに向かう。(ちなみに観光協会ではメールアドレスとか登録すればWiFiが使える。私は登録が上手く出来なくて、鬼ちゃんに任せた。)
ハイキングに行く前に、もう一度、馬車乗り場に行ってみると、馬がいるではないか!乗れないか聞いてみるが、ドイツ語しか喋れない…。町のWiFiが入ったので、鬼ちゃんがWEB翻訳で聞いてみてくれるが、とにかく看板にあった金額よりずっと高いことは分かったので、諦めて歩くことに決める…。

「ポントレジーナ駅前」
「乗れない馬車」

ともあれスケジュールが決まって、後は頑張るのみ!と心が決まったところで、ハイキングに向かう。ハイキング道は線路沿い、時折、赤い列車(RhB:レーティッシュ鉄道)がやってくると、思わず乗客に手を振ってしまう。

「ハイキング道から見るレーティッシュ鉄道」

お昼は日本から持参した米で作った「深美飯」。アルデ会員の深美さんがボッカの時に食べていて、それがとても美味しそうだったと言うことで鬼ちゃんがマネし始めて、アルデの一部でちょっとしたブームになっているお弁当だ。タッパーに白飯を詰めて、その上に塩昆布他、好きな具材を乗せただけのものだが、塩昆布がいい感じにふやけ、具材の味がご飯にしみ込んで、簡単な上に美味しいのである。今回は中嶋さんが地元和歌山で買ってきてくれた美味しい梅干しも乗ってる!スイスの物価高と円安への対抗策だが、やっぱり日本人には米ですな。スイスの空の下でも、深美飯は美味かった♪。

「それぞれのmyタッパーに詰めたお揃いの深美飯」

川を渡って、しばらく歩くとキャンプ場。売店は閉じていたが、覗いていたら声掛けてくれた。「ガスカートリッジを探しているんだけど…」と聞いたら、持ってきてくれたのは大きいものばかり。迷っていたら、ポントレジーナのスポーツ用品店にあるということで2軒教えてくれた。観光協会のお姉さんがポントレジーナのお店は紹介してくれなかったので、てっきり売ってないと思い込んでいた。中嶋さんが言うには、キャンプ用のもので口の形が違うのではという話だし、ここでは購入しないことにする。

「遠くにベルニナ山群」

キャンプ場を抜けると、ついにビアンコグラートが姿を現した!NHKの「グレートサミッツ」でガイドさんが案内していたのもおそらく同じ場所。ただ真っ直ぐじゃなくて段々と優美な曲線を描いて空に向かっていく美しい白い稜線。「アルプスで最も美しい稜線」「天国への階段」という名にふさわしい。が、生で見ると、思っていた以上に急。登る身で考えると、かなり不安になった。

「撮影用のフレームの奥にピッツベルニナ」
「ビアンコグラートを拡大。美しいけど、登る身となると身震い。」

写真を撮りながら、モルテラッチ駅に到着。電車を待つ。やってきた赤い列車は後ろの一両が屋根の無いオープンカー!一目散にそちらに乗り込む。風が切って、気持ちいい!わずか2駅15分ほどで乗車賃は1000円ほどするが、今度はこちらからハイキングの人に手を振り、気分はまるでディズニーランドのアトラクションに乗っているようだった。

「モルテラッチ駅。スイスの駅は改札が無いので、開放的。」
「一番後ろの車両がオープンカー」
「オープンカーにはしゃぐ大人たち」

あっという間に、ポントレジーナ駅に到着。キャンプ場のお姉さんが教えてくれたポントレジーナで一番大きいスポーツ店へ。中サイズのガス缶を無事ゲット!「Pontresina」と書かれたTシャツもあり、お餞別を頂いた皆さんへのお土産も品定め。その後、Coopで買い物して帰る。20時には就寝。

「この日の夕飯。毎日、サラダとチーズとソーセージorハム♪。」

6/29(土):アタック開始も…
今日からアタック開始!初日はチェルバ小屋までコースタイム4時間の道程。早く出る必要は無いが、寝るのも早いので、6時前には皆起きる。朝のコーヒーは中嶋さん担当。晩の残りと日本から持ってきたラーメンで朝食。ラーメンも中嶋さん担当。ちなみにパスタとメインは鬼ちゃん、サラダは私、米炊きは鬼ちゃんと私の担当だった(誰が決めたわけでなく、こういう役割分担になった)。これとは別に米も炊き、おにぎりを持って行く(深美飯だとタッパーが後で邪魔になるので)。まだ圧力鍋の使い方に慣れず、米がだいぶ柔らかいが、帰るまでに改善したい。
9:10にアパートを出る。ホテル・ロゼックグレッチャー(1999m)まで馬車で行くつもりだったが、上述の通り、乗れなかったので、そこまで2時間歩く。

「いざ出発!」

ホテルまでは、ほぼ平坦で、途中ブランコがあったり、牛の放牧に遭遇したり、鬼ちゃんが四つ葉のクローバーを見つけたりと、楽しいハイキング。2時間程で、ホテルを対岸に見るところに到着。

「ホテルまではラクちんなハイキング道。至る所、お花が満開。これまで8月しか来たこと無かったけど、この時期の方がお花は多かった。」
「放牧中の牛。こちらが避けたくなるほど接近してくる。」
「対岸にホテル」

そこからチェルバ小屋(2583m)まで、本格的な登りになる。ロープを持ってはいるものの、普段の合宿等に比べれば、大分荷は軽い。なのに、とってもしんどい。

「なかなか着かないなー」

1時間程でビアンコグラートが見え、しばらくすると小屋も見え、一旦テンション上がるが、全然、近付かない。

「ビアンコグラートが見えた!ちなみにストック無いので、木の棒を愛用。」

「お花畑」

「ようやく着いたチェルバ小屋」

コースタイム4時間のところ、アパートから5時間掛かって、14時にチェルバ小屋に到着。
その頃には山には雲が掛かり、ビアンコグラートも見えなくなった。部屋に荷物を置いて、偵察に行く。1時間程登ってみるが、道はしっかり付いていて、分岐には標識もあったので、暗くても大丈夫そうだね、ということで、16時に小屋に戻る。

「曇空なので分かりにくいが、黒い岩肌のスカイラインがビアンコグラート。手前に氷河。」
「小屋付近からビアンコグラートを見る。天気は下り坂。ピッツベルニナの頂上はずっと見えない。」

18時半夕食。アジア人は私たち3人のみ。皆、熱心にスマホでサッカーを見ている。「やっぱりヨーロッパの人はサッカー好きなんだなぁ」と話してたけど、後で調べてみると、UEFA(欧州サッカー連名)の4年に一度の大会がやっていて、その日はスイス対イタリアの試合だったみたい。ここはイタリアとの国境沿いなので、盛り上がるのも当然だ。皆、楽しそうに飲んで食べているので、私たちもつられて、ビール大ジョッキを3人で分けた。夕飯はスープとパン、サラダ、メイン、デザートのフルコース。

「メインのミートロープとポテト。ちょっとしょっぱいけど普通に美味しい」

結構、年配の人が多かったので、夕飯後に小屋のお姉さんに聞いてみると、ビアンコグラート行くのは、私たち含めて、4パーティとのことだった。その日は21時頃、就寝。

「部屋の中」

6/30(日):再起を誓って…
ビアンコグラート組は3時に朝食と言われた。食堂に行くと、お湯と紅茶が入った大きなタンク、インスタントコーヒー、ミルクでふやかしたオートミール、席にはパンとチーズ、バター、ジャムが置かれていた。予報では朝は良くて、午後から崩れる予報だったが、外は既に霧で真っ暗。とりあえず、出発の準備。ガイド2パーティは4時頃、出ていった。その後、長身の二人が出ていくが、すぐに雨が降ってきたと言って帰ってきた。これから晴れる予報なら出る気にもなるが、予報ではどんどん悪くなるはず。ひとまず今の状況では出られないと、出口付近で待つ。先程の二人は再度出ていったが、またすぐに戻ってきた。声を掛けるとチェコから来たらしい。小屋はWiFiが繋がらないので、最新の予報がチェックできなかった、二人が見ている雨雲レーダーによると、続々、雨雲が来るみたい。年配の大人数パーティも出ていったが、手前のピッツチェルバに登るとのこと。先程のチェコのイケメン2人組は、3度目の正直で出ていったが、私たちは食堂で相談。小屋のお姉さんが、コーヒー飲めるようにマグカップを持ってきてくれた。夜は明けたけど、外はガスと雨で真っ暗。WiFiが通じないので、最新の予報は見れないが、これからしばらく良くなくて、7/2は晴れ、7/3がまた悪くて、7/4, 5は良い予報だった。7/7、11時のフライトで帰るので、7/6の11時にはポントレジーナを出て、チューリッヒ空港近くに泊まることになっている。出来れば日数に余裕を持って登りたかったけど、こうなったら7/3-5のラストチャンスに掛けようと、一旦下山することにする。先程のカッコイイお姉さんにお願いしたら、荷物をデポさせてくれた。何から何まで有難い。
改めて戻ってくることを誓って、7時に下山を開始する。下に行くほど視界が開けてきたけど、振り返れば、相変わらずビアンコグラートは真っ黒い雲の中。出ていったパーティは登れたんだろうか…。中嶋さんは絶対戻って来たはず、と言っていたが、私も突っ込めなかったという後悔は無く、まだ日はあるし、こんな悪天で無理やり登るより、晴天の下登りたいという思いだった。とはいえ、次が良い条件とは限らない。実は、今回の旅が始まってからというもの、毎晩、本日の感想を一句にしたためるというノルマを鬼ちゃんから課せられていた(夕食時に白紙のカードが配られ、書いた後は作った句を読まされる)。いよいよ残りの日程が少なくなってきて、不安な気持ちもあったが、その句を一生懸命考えることで、少しは気が紛れた(ような気がする)。なかなか良い句が出来たところで、ホテルロゼックに到着。今日は行きのハイキング道ではなく、馬車道で帰る。下界は良い天気。

「下るにつれて天候回復してくるが、振り返ってビアンコグラートは全く見えなかった」

10:10に駅に着くと、また馬がおり、そこのお姉さんは英語を話せた!聞くと、ここには2社入っていて、これまで話しかけていたのは別の一社。お姉さんのところの馬は病気で、代わりに車でホテルロゼックまで送迎しているそう。値段は馬と同じ25スイスフラン。馬でなく車というのは風情が無いが、昨日の疲労具合を考えると、ここは体力温存すべきだろう。ひとまず考えることにする。

今日は日曜日なので、観光協会は16時以降でないと開かないし、Coopもお休み…。夕飯は日本から持ってきたパスタと残ってたチーズや玉ねぎで簡単に済ませることに。私は風呂入って、昼寝するが、散歩に出かけた元気な鬼ちゃんが、KIOSKでビールとワインとパンを買ってきてくれた。

「ぐったりする人①」
「ぐったりする人②」

夕食の準備をしながら、気分一新、アパートの1階にある共有のランドリーで洗濯することにする(1回1.5CHFを料金箱に入れる仕組み)。ドラム式洗濯機が2つ並んでると思って、鬼ちゃんは左、私は右の洗濯機を使うが、全てドイツ語なので、使い方が分からない。色んなボタンをポチポチ押して、洗剤を入れてスタート!左の鬼ちゃんのは扉が透明で、水が出てきているのが見えるが、私のは中が見えない。水が出ている気配も無く、すぐに止まってしまう…。またポチポチやってみるが、全く上手く行かない…。と、鬼ちゃんが「それ乾燥機じゃないですか!?」。…そうだ…。ドラム式を使ったことないし、全く分からなかった…。ショックを受けつつ、申し訳ない気持ちで、ちょうどあった洗濯かごに、洗濯物と巻き散らかした粉洗剤を手ですくって移す…。優しい鬼ちゃんは、「なんか持ってきます!」と部屋に戻って、役に立ちそうなものと、ついでに中嶋さんも連れてきた。結局、どうせ後で一緒に洗うからと、洗濯物の手ぬぐいを湿らせて、ほぼほぼ洗剤も回収した。こんなんで失敗もあったが、部屋にあるラクレット器、電気ケトル、食器洗浄機、圧力鍋に加えて、洗濯機も使えるようになった~。

「ランドリーで、あーでもこーでもないと、揃えたわけでないのにお揃いのアルデTシャツの3人。」

何やかんやありましたが、無事洗濯完了。心もリセット。」

7/1(月):天気待ち&レスト
やはり予報は7/1, 3が悪くて、7/4, 5が良さそう。7/3はアプローチだけなので、7/3-5に決めて、観光協会でマルコ・エ・ローザ小屋と馬車(もとい車)の予約を取ってもらう。馬車は電話が繋がらなかったので、鬼ちゃんがメールを送ってくれた。今日は隣のサンモリッツにあるセガンティーニ美術館に行くつもりだったが、なんと月曜がお休みだったので、ポントレジーナでお買い物デーとする。駅のKIOSKで絵葉書を買っていると、急に土砂降り(結局、この日が一番天気悪かった)。止むまで、駅のホームで雨宿り。KIOSKで1杯700円くらいするコーヒーを飲んだり(高い上に美味しくない)、アイス食べたり、自販機の買い方を試してみたり(結局よく分からなかった)、深美飯を食べたりして、暇をつぶす。(スイスの鉄道は改札が無く、社内で車掌さんが切符を確認する。なので、ホームも勝手に入れる。)
1時間程で雨が止んだので、メインストリートでお買い物。最後はいつものCoopで買い出し…と思ったら、中嶋さんが体調悪いので先帰るとのこと。そんな時に悪いが、もう日が無いので、私たちはチーズフォンデュを作ることに。中嶋さんはそんなコッテリ料理はとても食べれないので鬼ちゃんが作ってくれた雑炊を食べ、鬼ちゃんがくれた風邪薬を飲み、行きの飛行機でもらった耳栓とアイマスクをして、寝込んでしまう。
最初は中嶋さんに気を使って小声で話していたが、すぐに酒が進んで大盛り上がり。鬼ちゃんは「明日から禁酒するんで、今日は飲みましょう!」と息巻いている。恐ろしい…。結局、二人でビール数本(よく覚えていない)、赤ワイン1本、白ワイン1本(チーズフォンデュに使った残りでほぼほぼ1本)を空け、二日酔い対策でウルソ(うちの会社の胃腸薬)を仲良く飲んで寝た。(鬼ちゃんはその後、さらにビールを飲んでたと思う…。)

「大先輩には悪いが、日程的に今日しか無いということで豪華ディナー」
「チーズフォンデュ♪」

7/2(火):天気待ち&レスト&観光
今日はサンモリッツのセガンティーニ美術館に行く。中嶋さんは体調悪いので、お留守番。行きは鉄道でサンモリッツまで向かう。これまた2駅なのに千円くらいする。サンモリッツは過去2回、冬季オリンピックの会場になったこともある高級リゾート地。駅を出ると、湖と山が夏の日差しでキラキラ輝いている光景が広がっている。これぞスイス!の風景。メインストリートには高級ホテルとハイブランドのブティックが並び、バブリーな匂いがプンプンする。庶民の私たちはさっさとそこを後にし、スーパーをうろつく。ポントレジーナにはCoopしかないが、Lidlとかいう激安スーパーがあったので、テンションが上がる。

「サンモリッツ湖」
「サンモリッツ駅」
「オリンピックの記念碑」

11時にセガンティーニ美術館が開く。建物も素敵だし、高台にあって景色も良い。ここにはアルプスの風景をたくさん描いたセガンティーニの作品ばかり飾られており、目玉は「アルプス三部作」と言われる「生」「自然」「死」。どれも大きな作品だが、上のホールにはこの3作が一堂に飾られていた。人が少なくて、ゆっくり見ることが出来た。音声ガイドも無料で借りれるので、他の作品も含めてとても楽しめた。

「セガンティーニ美術館。建物も素敵。」
「美術館のカフェコーナーから見るサンモリッツ湖」
「代表作のアルプス三部作。建物のドーム部分にはこれだけが飾られている。」

その後、先程の激安スーパーとCoopで買い物して、バスに乗って帰る。まだ本来の目的(ビアンコグラート)を果たしていないのが、終始、引っ掛かってはいたが、楽しい観光だった。中嶋さんはだいぶ良くなり、ビールも飲めたらしいので、一安心(ビールが飲めるかが健康のバロメーター)。明日も予定通り行けるとのこと。この日の夕飯はあっさりトマトソースのパスタとし(私と鬼ちゃんはリコッタチーズ入りの生パスタでしたが)、昨晩の宣言通り禁酒した。

7/3(水):改めてアタック開始!
いよいよラストチャンスのアタック開始!ホテルロゼックまで徒歩なら2時間、馬なら1時間掛かるが、今回は車!12:10に乗って、12時半には着いた。途中、ドライバーさんはキョロキョロと常に周りを気にしている。と、「マーモット!」だって。見つけられなかったけど、馬に乗れなかった私たちを不憫に思ったのか、一生懸命見せてくれようとして有難い。

「ホテル・ロゼックグレッチャー。ここまでは専用車または馬車が使える。」

この日は昼頃から雨の予報だった。予報通り、小雨が時折降る中、15時、チェルバ小屋に再び到着。時間的にはそんなに変わらなかったけど、体は前回より非常にラクで安心。そして、今日の部屋は「Piz Bianco」(ビアンコグラートからピッツベルニナの間にあるピーク)!こりゃ縁起がいい、と鬼ちゃんと思わず拍手。
部屋で荷物広げていると、中嶋さんが外にマーモットが居るのを見つける。慌てて外に見に行く。思ったより大きくて、小っちゃめの狸みたいだった。たまに尻尾をペロッて上げるのが可愛らしいが、それで目立ってしまっていることを教えてあげたい…。あー、めめ(ハムスター)は元気だろうか…、とちょっとホームシックになる。そのまま外で、明日の行動中のお湯を沸かす。

「マーモット!見つけられるかな~?」

その後は、離れ(?増築した部分)の食堂でまったり過ごし、今日も18時半に夕食。

「素敵な離れ」

こないだより年齢層低めで、人も多くて賑やか。禁酒のつもりだったが、今日も3人でビール大を分けっこ。スープ、サラダは前回と違ったが、メインのミートローフは同じ。デザートもチョコレートムースで同じ…と思ったら、チョコレートムースをお盆に乗せたお姉さん、私たちを見るとクルッと戻っていった。と、さっきカウンターにあったアプリコットのケーキを持ってきてくれた。私たちが2回目だから気を使って、違うものにしてくれたのだろう。優しいなぁ。20時には就寝。

「賑わう食堂」

7/4(木):憧れのビアンコグラート
3時起床。食堂で前回と同じ簡単な朝食。下駄箱部屋は出発準備のクライマーで慌ただしい。私たちも準備を整え、4時出発。

「アタックに向けて各パーティ準備。期待と緊張感が高まる。」

1時間ほど経つと、夜が明けて、ビアンコグラートが見えた!今日は天気がいいぞ!

「ビアンコグラートが見えた!」

雪渓に下り、緩やかに登っていく。びりっけつだったけど、ここで先行していたおじさん二人組を抜く。(そのうちの一人は装備にやたら年季が入っていたので、勝手に森田さんと呼んでいた。(後で「Do you speak Dutch?」と聞かれたので、おそらく…ていうか間違いなくオランダ人。)前のパーティのトレースで階段状。このままコルまで上がれるか?と思ったが、急になってきたのでアイゼン付けた。
見ていた動画では雪渓から再び岩場に戻り、アイゼン外して取り付けられたステップを登っていたが、今回は雪が多いのか、ほぼ雪伝い。(結局、ここからずーっとアイゼン付けっぱなしだった。)ステップは出てこなかったが、一瞬、雪が切れて岩が出ているところがあり、鬼ちゃんは途中で登るも降りるも出来なくなって、セミ状態。ロープを持っている私は下に居るので、鬼ちゃんに一度戻ってきてもらって、先に上がってロープを出してあげたかったが、「降りれません」となぜかキレ気味。「私、乗ってますか?」と、足がしっかり効いているか、半ギレで聞いてくる。自分の感覚が一番確かだけどなぁと思いつつ、「乗ってるよ~」と言ってあげたら、なんとか上がっていった。(本人曰く、ここが山行の中で一番怖かったらしい。)

「中央のコルが取り付き」

「コルまでの登り」

取り付きになるピッツベルニナの稜線のコルまで迷わず行けるかが、最初の心配事だったが、トレースバッチリ、ヤマップ(ルートとGPS)もバッチリ使えたので、7時半、順調にコルに到着。

「コルで一休み。私は日本から持ってきたいつもの魚肉ソーセージでタンパク補給。」

ここから3級程度の岩場をスタカットで登る。初っ端は私がリードさせて頂き、以降中嶋さんとツルベ。鬼ちゃんは中間でベーシックをセットし、時間短縮の為、セカンドとラストが同時登攀した。全ては蓬莱峡でのシミュレーション通りだ。4ピッチ登り、次の岩峰は左の雪面をトラバース。ここはコンテで上がった。

「1P目」
「3P目?」
「4P目?」

と、つ、つ、つ、ついにー!!何度も何度も見てきたあの景色、白い稜線が真っ青な空に上がっていくのが見えた!!期待以上の快晴で、TVで見たまんま…いやTVより美しい!!こんな素敵な稜線を登らせてもらえるなんて、なんて幸せなんだろう。

「天国への階段。見えてるのは全体の1/3くらい。」

写真を撮りまくり、いよいよ出発。少し左斜面をトラバースして、ビアンコグラートに入る。ここら辺から風が強くなってきた。コンテで進む。最初に見えていた斜面は全体の1/3。事前の調べでは、最も斜度が強い部分(おそらく2ピッチ)はアイススクリューで支点を取りスタカットで、リードがダブルアックスで行く予定だった。が、雪が降ったせいか、斜面は氷ではなく、トレースもあるし、歩きやすい雪の斜面。途中でアックスとスクリューを取り出すが、表面が雪(おそらく昨晩の新雪)なのでアイススクリューが効かない。結局、ずっとコンテでビアンコグラート部分を通過した。若干拍子抜けだが、風が強いものの、青空の下、憧れの稜線を歩けて幸せだった♪。

「いよいよ憧れのビアンコグラートに向かう」
「快晴だが、終始、風は強かった。」
「ビアンコグラートの途中から振り返る。右斜面に後続のオランダパーティ。」

ビアンコグラート最高点に到達して、風を避けれるところで休むが、スクリューが1本無い…。でも、ペツルより少し安いブラックダイヤモンドの方で良かったと思うことにする…(と言っても高いけど)。と、遅れて到着したオランダパーティ、「これは君たちのか?」と私のスクリューを見せてくるではないか!あんな雪の急斜面で見つかるなんて、なんてラッキーな!!(おそらく、取り出した時にバケツ(足場)で落としたんだろう。)
先に次の難所ベルニナシャルテが姿を現す。最後がすごく急に見えるが、トレースも見えるので大丈夫そう。にも関わらず、登っているパーティは違うところを探りに行ったり、なかなか進まないように見えて、不安になる…。

「岩の塔・ベルニナシャルテ」

そこから、懸垂を加えながら、アップダウンを小刻みに繰り返す。登り方は前半と同じく、私と中嶋さんがツルベ、鬼ちゃんが中間。難所と聞いていたV字の塔も雪が多いせいか、むしろ快適。

「風でロープが舞う」
「V字の塔」
「V字の塔の終了点から振り返る」

休憩場所から見えていたベルニナシャルテの難所は、近づいてみるとやはり大したことなく、難なくこなす。が、ガイドもこの辺りはスタカットにするのか、急に終了点の支点が立派。でも中間支点は相変わらずほとんど無い。岩角で取るが、ほぼ風で飛ばされてる…。ま、落ちるようなところでは無いので、いいですけどね。

「ベルニナシャルテ、最後の登り。」

ベルニナシャルテを超えてピッツベルニナ(昨晩の我々の部屋の名前!)付近から、完全にガス。青空の方がいいけど、おかげでブロッケンが見えた。そろそろ頂上のはずだが、日本みたいに頂上の看板があるわけでないので、GPSで確認ながら進み、17:45、ピッツベルニナ山頂に到着‼。グレートサミッツによると、山頂ノートが飯盒の中にあるはずだが、雪が多いので、見つけられなかった(正直には、雪を掘り起こして探す元気は無かった)。

「ブロッケン!」
「全く何処か分からないけど、一応頂上」

さて、ここからイタリアのマルコ・エ・ローザ小屋に下る。この時間なら、暗くなる21時頃までには、小屋に着けるんではと思ったけど、甘かった…(思えば、アイガーの時も下山の方が大変だった…)。ガスっている為、先が見えないので、基本、岩と雪のトレースを辿ってスタカットで進むが、一か所、行き詰ってしまう。後続のオランダパーティも追い付いて一緒に探すが良く分からない。懸垂してもいいのだが、下手に下ってしまって行き詰るのが一番危険。後ろのオランダパーティは初めてでは無いようなので、先に行ってもらおうとするが、そちらも迷っている。ひとまずリードの私は確保してもらいながら、先を探る。結局、一旦下って登り返してトレースを見つけた。オランダパーティは違うところからクライムダウンしていたが、そこも悪そうなので、2人には捨て縄で懸垂支点を作ってもらい、私が下ったところを懸垂で降りてもらった。
ここからオランダパーティが先行するが、「一緒に行こう」と言われ、同じペースで進んでいく。視界が良ければ、小屋が見えるようだが、視界20mくらいなので、下の雪面にあるはずのトレースも見えず、どこまで岩を進めば良いか分からない。YouTubeでは懸垂してたけど、支点は出てこないし、不安が続く。
ようやく懸垂支点が出てきたが、下の様子が全く見えないので、どの方向に降りれば良いのか分からない。先に降りたオランダパーティ、次の支点が見つからないかウロウロしている様子。寒いし、早く見つけて欲しいが、時間が掛かっている。日没が近いので、ヘッデンを取り出し、私はさらに雨具のジャケットを着込む。それでも、まだオランダパーティは同じ場所にとどまっているので、しびれを切らし、私も懸垂することにする。と、オランダパーティの近くに次の支点があるではないか、何でサッサと行かんかなぁ…、もう日没なのに、サングラスなんて付けてるからアカンのだ…と、焦りからついついイラついてしまう。そして、その下には雪面が見えた!が、ガスってて暗くなりかけで、距離感が掴めない。50mロープ1本で足りるか心配。オランダパーティにロープを連結しようと提案するが、お互いつたない英語で、いまいち伝わらない。オランダパーティは全然心配していないようで、彼らのロープを投げるとあっさり下に着地…。そんなんでようやく雪面に出た!
ここで完全に日没したが、あとは歩くだけと思って、ロープを仕舞ったら、直後にまた岩壁…。懸垂支点があった。ガックシしていると、後ろから来たオランダパーティがこれで最後だと教えてくれる。1回懸垂して、雪面へ。これで正真正銘歩くだけだ!
トレースばっちりなので、小屋の明かりは全く見えないけど、安心。念の為、時折、GPSは確認。ただでさえ疲れているのに、夜にも関わらず踏み抜きが多く、ヘロヘロ。そして23時、ようやくマルコ・エ・ローザ小屋に到着!行動時間19時間という長い1日になりました…。寝静まっているが、お姉さんがスープとパン、水を出してくれて、凍えた体に沁みた…。

「心と体に沁みたスープ」

小1時間遅れて、オランダパーティも到着。我々を見つけた「森田さん」、「お互い頑張ったなぁ」みたいな感じで、迷わず中嶋さんの隣に座ろうとするが、中嶋さんはすかさず「席はあちらですよ」的に、既にビールが準備された席に誘導していた…。小屋に着いたとはいえ、明日もコースタイムで5時間半、その中には岩場も出て来る下山ルート。さすがの私も飲む気にならなかったけど、欧米人はホント強いなぁ…。
24時頃、我々の「離れ」へ(到着が遅かったせいか、素泊まり小屋に案内された。オランダパーティはここでは無かったので、理由は謎)。電気は無いが、2段ベッドに毛布がある。3人で固まって寝たが、体が凍え切っていた私はわがまま言って、真ん中で寝させてもらった。

7/5(金):下りもしんどい…

「朝の風景」
「マルコ・エ・ローザ小屋(奥)と私たちの離れ(左手前)」
「小屋の内部。貸し切りの分、寒かった。」

昨晩、朝食は5~7時に取るようにと言われた。ディアヴォレッツァまでの下山にはフォルテッサ稜を下るか、ピッツパリュを縦走して下る2パターンがある。小屋のお姉さんには、どっちも同じくらいの時間と言われたが、少しでも登りたくない私たちは迷いなくフォルテッサ稜を選ぶ。とは言え、コースタイム5時間半、ディアヴォレッツァからの最終ゴンドラの時間を聞いたら、「16時半かな?16時までなら確実」とのことだった(実際は17:20だった)。疲労具合とこれまでの感覚からコースタイムで歩けるわけ無いが、明日11時にはポントレジーナを出ないといけない為、絶対、今日中に下山しなくてはならない。存分に寝たいところだが、6時半に朝食を食べ、8時出発…のはずが、何かと時間が掛かり8時半発。

「勝手にアルデシールを貼る。行った方は探してみて下さい!」
「出発時、オランダパーティと」

ディアヴォレッツァからフォルテッサ稜を経由し、マルコ・エ・ローザ小屋に泊まって、翌日ピッツベルニナに登るというのがノーマルルート(と思う)で、ビアンコグラートからの下山にも使われるので、トレースはバッチリ。青空の下、気持ちのいい雪の斜面をトラバースする。ピッツパリュに向かう分岐があるので、フォルテッサ稜に取り付くところだけ間違えないようGPSで確認。

「小屋からフォルテッサ稜に向かう」

フォルテッサ稜は岩場なので、他のパーティに倣って、アイゼンを外す。クライムダウンも出来そうだが、先が良く分からないで支点のあるところでは懸垂した(全部で7回くらい?)。登り降りの譲り合いもあり、結構時間を要した。フォルテッサ稜の途中から、遠くにディアヴォレッツァの建物が見えるが、地図と照らし合わせると、完全に氷河まで下って、ザレ場混じりの岩肌をだいぶ登ることになりそう。そんな辛い現実を受け止められない私は、まさかねぇ、と変な薄ら笑いを浮かべて下る。が、往々にして辛い方が現実。覚悟を決め、尻セードを交えながら、氷河まで下る。

「フォルテッサ稜の岩場を終えて、雪原を下る」
「画面上部中央にポツンと見えるのがディボレッツァ。氷河の底までガッツリ下って、登り返す。」

氷河をたっぷり横断し、いよいよ最後の登りに入る。アイゼンを外し、後は思い思いのペースで行きましょう、とそれぞれのタイミングで出発する。私は最初の傾斜が緩くなるところまで、絶対、顔上げないぞと誓って歩き始める。途中、もの凄い速さの欧米人(おそらくガイド)に抜かされる…が、ひたすら下を向き、心を無にして歩く。その甲斐あって、前半はまだ良かったけど、なかなか着かない…。でも、あと少しで終わりだと自分を励まし、足を動かし続ける。ようやく上を見ると、展望台の観光客に混じって、鬼ちゃんが見えた。ぐおー、もう少し、ぐぁんばるぞー!!

「あと少し!!」
「振り返って、ピッツベルニナ」

・・・で、ついに16時、ディボレッツァに到着!!最後の登りは1時間くらいだったかな。なんせしんどかった。鬼ちゃんの近くに居た観光客の老夫婦が「Congratulation」と言ってくれて、しみじみ達成感を感じた。荷物を放り投げて、圧迫し続けてた膝サポーターをトイレで外して、解放感!!(出発前に壊した膝を守ってくれたので、整形外科の先生と 装具屋さん、サポーターには感謝してます。)しばらくして、中嶋さんも到着!17時のケーブルにも乗れそうだったけど、17:20に乗ることにして、展望台でピッツベルニナを眺めながら、かんぱーい!!!(中嶋さんがご馳走してくれました。)あちこちで同じことしてきたけど、下山後のビールは何度やっても格別です。いやぁ、ビアンコグラートからのピッツベルニナ、素晴らしいルートでした。マッターホルンのヘルンリ稜、アイガーのミッテルレギ稜とは段違いに大変でした。

「最初の祝杯!」
「ディボレッツァのテラス席」

17:20の最終ケーブルで下る。10分ほどで到着。18:26のバスまで時間があるので、放牧されている牛を眺めながら、散歩やら昼寝やらしながら、それぞれ思いにふける。

「なぜかケーブルカーがグッチ」
「ケーブルカー内部」
「ケーブルカーからの景色」

バスに乗ると、若者が言うところのチルな音楽が流れている(こちらは運転手さんが好きな音楽を流すスタイル)。日が長くまだまだ青空のベルニナ山群を遠くに見ながら、会話も交わさず、それぞれまったりする。数十分でポントレジーナに着く。10日程居るので、わが町に帰ってきたと感じる。お疲れの中嶋さんには先に帰ってもらい、鬼ちゃんと二人でCoopで夕飯の買い物し、我が家で最後の晩餐。これも今日で最後か…。

「バスからピッツベルニナを見る」
「ただいま、ポントレジーナ」

7/6(土):さよならポントレジーナ
11時がアパートのチェックアウト時間。我が家のように散々、散らかした荷物とお土産のパッキングで一苦労。背中・お腹のダブルザックでよろよろアパートの階段を下ると、掃除に来たおばちゃんにゴミを捨てろと言われて、鬼ちゃんが頑張って登り返してくれた。
12時過ぎの鉄道でチューリッヒに向かう。行きとは少し違うルートだった。三人とも、疲れと余韻か、言葉少なめ。各々、のんびり過ごす。
今日はチューリッヒ空港近くのホテルに泊まる。中嶋さんが調べてくれたルートでは、チューリッヒ中央駅からトラムに乗るはず。駅で看板見ながら、あーだこうだ言ってると、女性の方が「May I help you?」と声を掛けてくれて、事情をつたない英語で伝えると、トラムの乗り方を教えてくれた。わわぁ、この方は天使ですか…。後光がさしている女性にThank youを連発し、言われた通りに行くと、トラムの駅には行けたけど、どの線に乗っていいか分からない。荷物も重くてしんどい。Airport行きのホームだけど、路線図見ても、券売機で検索してもホテルの最寄り駅の名前が見つけられない。WiFiも入らないし、困った…。と、なんやらゾーンに分かれていて、それが駅名の前に付いているから上手くいかなかったみたい。10駅以上乗るみたいだけど、行き方は分かった。次に来たトラムに乗る。トラムはいわゆる路面電車。曇り空だけど、ポントレジーナとは違う大都会のチューリッヒを観光している気分で楽しかった。次第に大きな建物が減ってきて、目的の駅に到着。ホテルは駅前だった。ダブルベッドにロフトのベッドがある小さな部屋だったけど、なんせ何でも高いスイス。寝るだけだからこれで十分。夕飯はすぐ隣のイタリアンに行くことにするが、開店まで時間あるので、鬼ちゃんと私は近くのスーパーまで食後のビールを買いに行く。ただの住宅街を歩くのも楽しい。
ホテルに戻ると、ちょうどイタリアンの開店時間。一番乗りでお店へ。ユーロカップを見ながら、小屋を除くと最初で最後の外食を楽しむ。(我らが会長・森田さんのお餞別を有効活用させて頂きました。ありがとうございます…。)
中嶋さんは体調悪そうで、珍しく酒が進んでいないが、鬼ちゃんは絶好調。ワイン1本空けた後、鬼ちゃんと私は追加のビールを注文し、準々決勝のスイス-イングランド戦を大画面どっかぶりで観戦。残念ながら、スイスはPKで負けてしまった。

「最初で最後の外食」

ホテルに帰ると、今度はオランダ-トルコ戦が始まっていた。ロビーでビール片手(中嶋さんは700円もするコーラ片手)に、経由地のアブダビでの高級アイスを掛けて、我々はUNO決戦(帰り道でのアイスを掛けてUNOをするのは鬼ちゃんの定番)。皆、静かに見てるので、どっちのファンか分からなかったけど、トルコがゴールを決めたら急に大歓声。ということで私たちもトルコを応援。が、結局オランダに逆転されて負けてしまった。我々のUNO決戦は、私が負けたのだけれど、UNOがしたくてしょうがなくなっている鬼ちゃんに「私がここから三連勝したら、チャラにしてくれる?」と言ったら、自分には何の利点も無いはずなのに乗ってきた。結果、私が3連勝して、鬼ちゃんのアイス奢りが決定。詰めが甘いというか、ノリに飲まれてしまうというか、この辺りは山でも山以外でも鬼ちゃんの弱点だろう。

7/7(日)~7/8(月):帰国
早めに起きて、ホテルの朝食会場に行くが、それは別料金だった…。ということで、早めに空港にトラムで向かい、行きに寄ったCoopで朝食。中嶋さんはお寿司のパック、鬼ちゃんと私はホットドッグ(穴がくりぬかれたパンにソーセージを突っ込んで、ケチャップとマスタードを掛ける。鬼ちゃんのアドバイスだが、先にケチャップとマスタードを入れるのがコツ)。出国検査を受けて、マムートでお買い物し、向かいのバーでスイス最後のビール。経由地のアブダビで1400円くらいするアイスを奢ってもらい(鬼ちゃん、ご馳走様♪)、最後の俳句を詠まされ(毎晩、鬼ちゃんに強制されていた)、7/8の昼、関空に無事到着。急に暑い気候にフラフラしながら、なんばに立ち寄り、可愛いめめちゃん(私のハムスター。ストレスで痩せるどころは太ってた)を迎えに行って、タクシーで自宅に戻った。こうして4年越しの山行が終わったのでした。

【感想】
これまで、ヨーロッパアルプスではマッターホルン(ヘルンリ稜)、アイガー(ミッテルレギ稜)、ユングフラウ、メンヒ、ブライトホルン等にいずれもガイドレスで登ってきたが(マッターホルンは途中敗退)、ピッツベルニナは別格に大変だった。他は有名な分、素人向け、ビアンコグラートはマニア向けという感じで、岩の難易度というより、総合的な面での難易度が高く、アルパインクライミングとしての満足度はものすごく高かった。ただでさえ物価が高いスイス、さらに円安でかなりビビっていたが、スーパーで自炊する分にはまだダメージは小さかった。パスタは現地の方がずっと安くて、日本から持って行く食料にパスタを含めた私は、N嶋さんからずっと非難されていたが、細々した手配から登攀でもリーダーの務めは果たしたはずなので許して欲しい。(小林)

思えば2012年NHKのグレートサミッツを観て以来ずーと心の片隅にあった尾根である。
2020年に登ろうとチームを結成したが、コロナの為断念した。当初のチームとは変わったがようやく長年の想いを形に出来た。
幸い最後の最後で天候にも恵まれた。さすがに60歳を過ぎて高所での19時間行動はかなり辛いものがあったが、なんとか達成出来た充実感で一杯である。
今できる山との対話を楽しみながらまた新しい目標を目指して行きたい。(中嶋)

全行程を終えてまず思い浮かんだのが森田さんが蓬莱峡で私達3人がトレーニングしてるのを見て「一つの目標に向かってみんなで頑張るっていいねぇ」って言われたこだ。実際、どのトレーニングも現地では役に立ち同時懸垂以外の登攀パターンは全て使った。そしてそれぞれに課題も見つかり出発前にそれぞれ強化できた。小林さんは膝のサポーターを作り、中嶋さんは高所トレ、私は登山靴でⅣ級の岩場を登る。また中嶋さんと小林さんがリードする時に「ちょっと先分からへんけど行ってみてくわ」2人ともシュミレーション通りのセリフを発してた。現地で自然と出てくる2人の言葉が嬉しくそれに気づいてない事に内心笑えて緊張がいい感じにほぐれた。そして岩場を前にした中嶋さんの、登攀はカッコ良くスマートなロープ運びに経験の強さを目の当たりにした。小林さんは常に総合的にマネジメントしてくれて想定外の天気やルートにも臨機応変に対応し何度も計画を修正してくれた。私もできるだけ全員の力が思い切り発揮できるように、衣食住において時短やメリハリを大切にしできる限りの現地の情報をとWiFiを繋げては情報を更新し伝えた。今回本当に役に立ったのはGPSであった。事前に地図をダウンロードしGPSにて居場所を確認できたことで暗闇のガスの中でもマルコエローザ小屋にたどり着くことができたのだと思う。(もちろん読図講習を受けて電源に頼らないルーファイ力を身につけたい)トランシーバーも有効であったが寒さ対策が必要で私のものは途中電源が落ちここは反省点となった。これらの結果で登れた今回のビアンコグラードは本当に最高で私自信、初の海外登山成功となった。声をかけて気長にトレーニングに付き合ってくれた2人に心から感謝です。ビアンコグラードからピッツベルニナとアルパイン要素満載で経験値が上がったことが嬉しい。山行も最高だったが今回は、普段の生活や移動も笑いが絶えなかった。機内ではほぼ酒を頼み皆で同じ映画を見て毎回感想を言い合った。屋根裏部屋では現地の食材で手料理を作りラクレットチーズ新鮮な野菜でいつもテーブル華やかだった。特に料理のスキルはかなり向上したように思う。小林さんはマスタードと柑橘を乳化させ自家製ドレッシングを作るまでのテクニックを身につけていた。今回13日間で食べた外食は山小屋を抜いては1回のみ。トレッキング中とセガンティーニ美術館の横で食べた深美飯も体に染みた。やっぱり日本人は米です。次の海外登山でも深美飯セットは必須アイテムになると思う。(鬼川)